気づいたら1ヶ月半ぶりくらいの更新になってしまいました。
いやー、本職の方がなかなか忙しくて、
普通に先月はみなし残業時間を超えるくらい働いてしまいました。
超えたといってもほんのちょっとだけど。
ありがたいことにたくさん仕事がありまして、
なかなかそれを片付けきれないでいるというのが事実なんですが、
自分で後回しにしていた仕事で、大きめの仕事が今月2つくらい(少なくとも覚えている範囲で)
降りかかってくるのでちょっと現実逃避したいなって思ってます。
ただ、今までいろんな職種を転々としてきましたが、
前に働いていた職での知識が今にも役立つっていうのは、
なかなか悪いことではないかなと思う今日この頃でございます。
文章を書くっていうのも、職種によってはそんなにやることもないしね。
さて、今日のテーマはゆる言語学というところで、
別に大学で言語学を専攻していたわけではないですが、
意外と好きな学問、言語学。
言語学の授業は取ってなかったですが、
第二外国語のフランス語の授業と別に、自由選択でラテン語の授業取ってました。
(ちなみにちゃんと単位も取った)
ラテン語を知っていると、実はフランス語とか英語とかって、
めちゃくちゃ簡単なんだなってなるんですが、またそれは別の機会にでも。
今回は格変化をテーマに、思うことをつらつら書いていこうと思います。
話は少し変わって。
弊社には、というか最近の都会にあるような企業はどこにもかもしれないのですが、
外国籍の社員の方というのがそれなりにいらっしゃいます。
結構日本語をぺらぺらに話すことのできる方も多いのですが、
外国の方が話す日本語ってなんか違和感がありますよね。
日本人ぽくなさ、っていうんでしょうか。
確かに日本語として理解はできるんだけど、なんだか感じる違和感。
その違和感の1つの解釈として、
発音の差異というのがあるとは思います。
ただ、これは言語学というよりかは音声学の話になりそうだからここでは割愛。
西欧系の人ならともかく、アジア、特に東アジアの人は、
音声的にも近いところがありますし、特に中韓の人とかは音声的にはほとんど違和感なく聞けるケースが多いです。
もう1つの解釈として考えているのが、助詞の使い方。
これが圧倒的に日本語を母語にしていない話者には難しいのだろう、という考えに至りました。
日本語は世界の言語の中でも、特に語順に対してゆるい(制約が少ない)言語であります。
これはなんかどっかでいわれていた気がするんですが、
文献持ってくるの面倒くさいので各自で調べてください(笑)
例えば、
私は朝にリンゴを食べた。…①
この例文。
朝にリンゴを私は食べた。…②
でも意味は同じですし、
リンゴを私は朝に食べた。…③
でも意味は同じです。
(厳密にいうなら、一般的な解釈として、後に置くものを強調するので、
①は「リンゴを」食べたこと、②は「私」が食べたこと、③は「朝に」食べたことを
強調していると解釈できます。
ただ、ほとんどの場合意識されないまま発話ないし筆記されていると思います。)
これが英語になると、
I had an apple in the morning.
となり(ateの方が普通なんだろうか?)、基本的にはこの語順で発話される、
ないし筆記されるのが通常であるかと思います。
(もちろん強調表現として倒置形が用いられる場合もありますが、
日本語で語順を変える以上に強調の意味合いが強いと思います、たぶん。)
なんでこんなに日本語は語順にゆるいのかというと、
英語も日本語も格変化が(ほとんど)ない言語なんですが、
英語が語順で格を示すのに対し、日本語は助詞で格を示すことができるから、
と言えると思います。
ここで格変化の話になるんですねぇ。
ちなみに格変化というのは、名詞の語尾が変化して、
どの格にあたるのか(その名詞が日本語でいうところの、主語なのか、目的語なのかetc.)を示すものであります。
詳しくはWikipediaでも見てくれ。
わたしが第三外国語(?)として学んでいたラテン語は格変化があるので、
語順はかなりゆるいです。日本語くらいには自由です。たぶん。
参考サイトは載せておきましょうね。
ラテン語の格変化は6つあって、
- 主格(「~が」)
- 属格(「~の」、連体詞に近い)
- 与格(「~に」)
- 対格(「~を」)
- 奪格(「~から」「~より」)
- 呼格(呼びかけ)
です。
(今書いててめちゃくちゃ懐かしくなってきた、やろかな、ラテン語。)
名詞の語尾が変化することによって、日本語でいうところの助詞がくっつく形になる、
だから語順を入れ替えても文章の意味が伝わる、ということなんでしょう、きっと。
ただ、現存する主要な言語のほとんどには格変化が(ほとんど)ないので、
語順で格を表す言語がほとんど、そんな中で、助詞を使って格を表す日本語はかなり異質、
というわけで日本語を外から学ぶ人にとっては難しい、ということなんじゃないですかね。
実際、体系的に学べば学ぶほど、
なんで日本語ってこんな風になってるんだっけみたいなことが多いと思います。
よくすべらない話の鉄板ネタにしてる、「アンパンマン」の3種類の「ん」の発音の話とか、
「1本、2本、3本」を日本人はなぜ読み分けられるかとか。
言語学、というよりかは、
日本語をメタ視点から見る、というのが好きなだけかもしれませんがね。
自分を客観視してみるのと同様、自分の使っている言語を客観視してみるのも、
たまにはおもしろいよっていうお話でした。
日が変わったので寝ます。おやすみなさい。